何が違うのか。最後の部屋に、ここで亡くなった犠牲者の名簿が、分厚い本になって展示されていた。ヒトラー率いるナチスドイツによって殺された人たちの名前と生年月日、死亡した日と場所が書かれている。そこにはユダヤ人だけでなく、共産党員、ポーランド人など国籍、思想信条の違う人たちも大勢いた。
確かに広島、長崎は原爆死没者名簿をつくっているが、それはあくまで被害の記録である。日本軍が殺したアジア諸国の民間人の名簿を、見たことがない。日本の場合、加害の記録がすっぽり抜け落ちており、歴史修正主義者たちによって、美談にすり替えられようとしている。
この収容所でドイツの「気魄」を感じた。それは、自国の犯した過ちを後世につないでいく強固な姿勢といえるだろう。
イタリアのバドリオ首相という人は、日本であまり知られていない。1943年、ムッソリーニを引きずりおろして、連合軍と講和を続け、早々と白旗をあげた人だ。そのためにフィレンツェやミラノは壊滅を免れた。
一方、日本は1億玉砕という威勢のいい軍部の声に乗って、沖縄が焦土となり、広島、長崎に原爆を落とされた。負けが分かっているのに、誰も戦争を止める決断ができなかった。
異国に来て思うのは、あの戦争で、わが祖国のリーダーのふがいなさだ。作家の半藤一利さんは、日本人の二つの特徴を挙げた。「当座しのぎの根拠なき楽観性」「排他的同調性」である。
ダッハウ強制収容所で見た映像資料は「この責任はだれがとるのか」の字幕で終わっていた。
きっと、だれも戦争の責任はとれないだろう。だが、ここを訪れる若者たちに熱心に語りかける大人たちがいた。若い世代に伝えていく地道な営みに、まだ救われる思いがした。そのメッセージは、「殺すな」のひとことに尽きるだろう。
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