シチリアにさよなら

⇧ カターニアの象徴「象の噴水」の前では、カップルが結婚式の写真撮影にのぞんでいた。

  ITAairwaysの1724便は、カターニア空港を離陸して1時間余りで着陸の車輪を出した。機内で約20日間のシチリア滞在中のことを考えてみたが、濃密すぎて整理ができない。新しい出来事を受け入れる脳内メーターの容量はゼロ寸前。暑さにまいったのは確か。西のパレルモ、南のアグリジェントに行く気力は残っていなかった。しばらく、ボーっとしなければ。ローマフィウミチーノ空港で乗り換えて、ミュンヘンへ飛んだ。




 この旅で、世界が同時にコロナウイルスに翻弄されているのを垣間見た。カターニアの街角でモナリザすら微笑みを隠していた。

 ホテルの部屋にガラスコップはなく、すべてが袋に入った紙コップだった。感染防止のため、使い捨てにするためだ。

 教会の入り口には消毒液が置かれ、列車の社内通路には降車時に立つ位置がマーキングされていた。

 日本でコロナウイルスが広がり始めた2020年春、イタリアの作家パオロ・ジョルダーノ の「コロナの時代の僕ら」( 早川書房)を読んだ。彼はトリノ大学の素粒子物理学者という肩書だった。


 「今起こっていることは偶発事故ではない。少しも新しいことではない。過去にもあったし、これからも起きるだろう」と書いていた。


 確かに1918年に始まったスペイン風邪は3年間、猛威を奮い続け、5000万人の命を奪ったと言われる。ちょうど、第1次世界大戦のさなか。戦時下の国々は情報統制が敷かれ、今の北朝鮮のように惨禍の実情を表ざたにしなかった。かわいそうなことに、中立国のスペインは情報を公にしたがために、災厄の代名詞にされてしまった。本当の発生の源はアメリカとも言われ、ウイルス大流行の最中にフィラデルフィアで戦意高揚パレードを開催し、感染を拡大させたことは、後に非難されている。


 ジョルダーノは示唆に富むことを、たくさん書いた。

 「今度の新型コロナウイルスの流行は、何もかも『お前らの』せいではない。どうしても犯人の名を挙げろ、と言うのならば、すべて僕たちのせいだ」


 自然と環境に対する危うい接し方。森林破壊もそうだ。野生生物と近づきすぎた。


  「新型コロナウイルスの『過ぎたあと』、そのうち復興が始まるだろう。だから僕らは、今からもう、よく考えておくべきだ。いったい、何に元どおりになってほしくないかを」  


 そう、コロナ前のいらない習慣が浮き彫りにできる機会である。災いを転じて福とできるはずだ。


 だが、シチリアは何も変わらない気がする。路上で、熱いBacioや抱擁を見ない日はなかった。これは、感染より濃厚接触を大切にする風土だな、と思う。過去、さまざまな帝国の侵略を受け、生き延びてきたしたたかさ。コロナごとき、というDNAが植え付けられてるのではないだろうか。


 ローマから乗った飛行機は北上を続け、アペニン山脈を超えて、ポー川を下に見ながら進んだ。シチリアで出会った人たちのことが頭に浮かぶが、僕も通り過ぎた一人であることは間違いない。

 ミュンヘン空港への着陸前、気温18度と案内がある。空港に着くと、季節は秋だった。雰囲気もガラリと変わった。カターニア空港が子供耳鼻科の待合室だとすれば、ミュンヘン空港はレントゲン室の撮影前の個室である。外気に触れると長袖なしではいられない。シチリアにサヨナラしたのはいいが、短パン、半袖、ゾウリ履きができない。これは困ったことになった。

定年後、荒野をめざす

五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、22歳の春、旅に出た。パキスタン航空の格安チケットを手に入れ、カリマーのアタックザックひとつでアジア、ヨーロッパをさすらった。そして再び、旅心に囚われ、36年間勤めた新聞社を辞め、旅に出る。(中村 正憲)

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