美瑛町天文台長の月の話

 電飾されたもみの木の上に月が出た。薄雲がかかり、少し朧げで、心許ない光を届けてくれる。

 この広場の前に北海道美瑛町の天文台「美宙(みそら)」がある。台長が宇宙物理学者の佐治晴夫さん。
 5月に放送されたNHKの番組「チコちゃんに叱られる」で、「夜はなぜ暗いの」の解説は佐治さんがこの天文台から届けてくれた。12月7日夜、170倍の望遠鏡で月のクレーターを覗いたあと、近くの美瑛町民センターで開かれた佐治さんのクリスマス講演会を聞きに出かけた。

 人口1万人に満たない町の500人収容のホールがなんと満員になっていた。


 「月ができたおかげで、春夏秋冬ができた」。いつも、佐治さんの話は掴みが絶妙だ。


●美瑛駅から見える十勝岳 ↑
↓  ●雪をかぶった大雪山系



 46億年前、地球ができてまもないころ、火星の3分の1ほどの天体が地球に衝突した。宇宙空間に飛び散った地球のカケラは、地球の引力と地球の周りを回ることによる遠心力が釣り合った場所に集まり、月ができた。この天体衝突で地球の自転軸が23.5度傾いた。この結果、地球が太陽を回る公転位置によって太陽の高さが変わり、四季が生まれた。

 そんな説明だった。
  月の引力が地軸の傾きを固定しているのだそうだ。「もし月がなければ、朝は夏、夜は冬というふうに季節がころころ変わったかもしれません」。

 佐治さんは、米航空宇宙局(NASA)が1977年に打ち上げた探査ロケット、ボイジャーの中にレコードを積みこむことを提案した。その中にはバッハのプレリュードの調べを入れた。

●天文台に展示されているボイジャーの模型  ⬆︎


 「地球外生命体との交信には聴覚への刺激が一番。それならバッハだ」って。ボイジャーは、最後に地球から最も遠い位置で撮影したケシ粒のような写真を送って、交信を絶った。いまも1秒間に15キロのスピードで太陽系から遠ざかっているという。

 ケシ粒は地球だった。舞台上のスクリーンにその写真が映し出された。アメリカの天文学者カールセーガンが、この写真を見て語った言葉を佐治さんが聴衆に紹介した。

 あの青い点にすべてが入っている。あなたの家族も、可愛がっているペットも。何か一大事が起きた時、どこからも助けに来てくれません。それを覚えておいてほしい。
 「宇宙の視点で地球を見てみると、いがみあっている場合じゃありませんね」。佐治さんが付け加えた。
 
 ステージにはグランドピアノが置いてあった。最後に、ピアニストの北亜矢子さん(佐治さんの長女)が、ドビュッシーの「月の光」を弾いた。紡がれる音が、降り注ぐ青い光を想像させてくれる。春夏秋冬は月からの贈り物だと実感がわいてきた。

 講演会が終わり、外に出た。マイナス10度。音を立てず、雪が降り続いていた。冬を作った月が中空にあった。
講演を終えた佐治晴夫さんと、北さん(左) ⬆︎
天文台長席に座らせていただいた ⬆︎

定年後、荒野をめざす

五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、22歳の春、旅に出た。パキスタン航空の格安チケットを手に入れ、カリマーのアタックザックひとつでアジア、ヨーロッパをさすらった。そして再び、旅心に囚われ、36年間勤めた新聞社を辞め、旅に出る。(中村 正憲)

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