北海道砂川市に来た。小雪が舞っている。JR砂川駅前には新雪が積もり、歩くとキシッ、キシッと靴が鳴る。
人口1万7千のこの町を訪ねたのは、超人気の本屋をのぞいてみたかったからだ。駅を出て、国道を渡るとその本屋はすぐに見つかった。「いわた」と書いた玄関の下に「本」と赤い文字の看板が立っていた。
いわゆる何の変哲もない町の本屋である。中に入ると普通に本が陳列してある。だが、何かが違う。平積みしてある本が最新刊でもなければ、ベストセラーでもない。本屋にとってドル箱であるはずのコミック類は新刊しか置いていない。ふつうは目につく所に並んでいる週刊誌の類いは店の一番奥にある。
平積みの本を手に取ってみた。馴染みのない本がやたらと多い。店主の岩田徹さんに、ここで一番売れた本は何ですかと聞いた。
へろへろ 雑誌「ヨレヨレ」と「宅老所よりあい」の人々
???
これが本のタイトルだという。
作者は鹿子裕文。ごめんなさい、知らない。
いわた書店では、この文庫本がこの1年間で968冊も売れているのである。ちなみに2位は「さざなみの夜」(木皿泉)で761冊だ。売れる本が世間と違う。それは、並べる本の選定の物差しが違うからてある。すべて岩田さんが読んで、薦めたい本を置いているのだ。
「1年でだいたい150冊、10年で1500冊読んだかな」と岩田さんは話す。本屋の店番をしながらだから、大変な読書量だ。
岩田さんは1万円の予算で客一人ひとりに合った本を選んで送るサービスを手掛けている。2003年に始めたが、最初は鳴かず飛ばず。ところが2014年、民放テレビの深夜番組で紹介されてブレークした。
客は過去に読んだ本や、人生で一番悲しかったこと、嬉しかったことなどを選書カルテに書き込み、岩田さんに送る。岩田さんがそれらを読んで、その人に読んでもらいたい1万円分の本を吟味するのだ。
ただ、あまりに注文が殺到するものだから、今年は10月8日から10日までの3日間しか受け付けなかった。それでも4000件の問い合わせが来たのである。
岩田書店の店の売り上げはこの20年で半減したという。そして、砂川市内にはいま本屋は二軒しかないのだそうだ。
「こんな地方の過疎の町で、いまや本屋がある方が珍しいくらいですよ」と岩田さんは言う。確かに去年取材した書店組合の人が、大阪府内でもこの20年で170軒の本屋が消えた、と言っていた。
「1万円選書をやらなければ、とっくに店は潰れていたでしょう」
岩田さんの言葉がずしんと胸に響いた。本屋は近い将来、この日本から消えてなくなり、立ち読みという言葉は死語になってしまうのだろう。Amazonに侵略されて。
砂川をせっかく訪ねたので、岩田さんお薦めの三冊を買った。
一冊は「へろへろ」。
二冊目は「深呼吸の必要」という詩集。
三つ目は「ふたり 皇后美智子と石牟礼道子」
絶対に選ばない三冊だ。特にあの美智子さんと道子さんのことを書いた本があったとは。水俣を通して、二人のミチコさんがどう繋がるのか、興味津々な本である。汽車旅が楽しくなるに違いない。
店を後にし、砂川駅で帰りの電車を待った。午後5時を過ぎるとすっかり闇に包まれる。そして、砂川駅は雪の中。ふと演歌のフレーズが頭に浮かんだ。違う、あれは津軽海峡の駅だった。
人口が減り続ける雪深き町の本屋の奮闘が、なんだか嬉しい。「功労者」とはこういう人ではないのでしょうか。
しまった。岩田さんに安倍首相から「桜を見る会」の招待状は届きましたか、と聞くのを忘れてしまった!
岩田書店の壁に書かれていた文がリフレーンしている。
本の中になにがある
字がある
字の中になにがあるか
宇宙がある
♢♢♢
今年1月に会社を辞めてから、旅の距離は4万4千キロを超えた。すでに地球一周分を駆けめぐった。そして、今年26回目に搭乗した飛行機は12月6日、北海道の厳寒の地、旭川空港に降り立った。
砂川の本屋と美瑛の天文台を訪ねるのが、今年最後の旅の目的だ。 (中村正憲)
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