「アドリア海」見つけた

 今年はイタリア行きをあきらめ、四国に渡った。友人のG君が手掛けている民泊施設「アールヴィラさぬき津田」を訪ねようと思ったからだ。2ヵ月後に完成するという建物の中に入れてもらった。

 見下ろせばそこは波打ち際。透明からコバルトブルー、そして深い青からアズーリ(ブルーより薄い水色を表すイタリア語)へと変わる瀬戸内の海の色が眩しい。

 ちょうど1年前、イタリア半島のカカトの田舎町で見たアドリア海そっくりの光景だ。日本にもあったのだ、あんな海が。

 40代で会社を辞めて起業したG君の再出発は、この鄙びた波打ち際から始まるそうだ。

●アドリア海に面するイタリアプーリア州ポルトミッジヤーノで見つけ浜辺。紅の豚はここに潜んでいたのではないかと勝手に想像を膨らませた(2019年3月15日)   ↓

 香川県さぬき市鶴羽地区に建設中のこの民泊施設は、黒壁の2階建て。敷地が167平方メートルあり、最大10人が泊まれるという。北東側に瀬戸内海が開けている。目を閉じると潮騒が聞こえ、たまに通るJR高徳線の電車の音が旅情をかき立てる。

 1階が宿泊施設、2階がキッチンとラウンジになっている。2階の作りかけのバスルームに入ると、眼下に波が打ち寄せていた。ガラス張りで外から丸見えだけど、カモメとトンビぐらいしかのぞいてこないだろう。


↑   ●まだ、新型コロナウイルスの感染者が出ていない香川県さぬき市の青木海岸は早春の光を浴びて輝いていた。
 「アール・ヴィラ合同会社」を設立し、社長となったG君と、目と鼻の先にある馬篠漁港へ行った。日本のハマチ養殖の発祥の地が近くにあるとあって、海の幸の豊かな場所である。夕方、漁船が続々と港に戻ってきた。トロ箱が波止場に水揚げされた。

 「何か獲れましたか」と聞いた。若い漁師が「ゲタ」と答えた。
 「ゲタ?」

 聞き返した。「舌平目とも言うけどな」。おお、あのフランス料理の食材ではないか。

 魚は呼び方で色々と変わるようだが、水揚げされたゲタを唐揚げにして白ワインで食べたらどんだけ美味いかと想像した。

 漁師は堤防で待っていた野良ネコに小魚を放った。こやつ、一番幸せなネコだな。陽だまりで新鮮な獲物にかぶりつくところを写真に収めた。コロナ騒動が嘘のように、ゆったりとした時間が流れている。そういえば香川県は新型コロナウイルスの感染者ゼロ県の一つである。(2020年3月15日現在)
 家族3人と暮らすG君は42歳。安定した会社を辞め、事業費のほとんどを借金して民泊事業を始めた。

 穏やかな瀬戸内海とは全く違う荒波に乗り出したわけだが、表情は会社員の頃とは明らかに違っていた。夢を膨らませる男のキリッとした表情が格好良かった。

 「右手の三つの無人島が絹島、丸亀島、女島。その向こうから満月が昇ると月の光が海上に筋を作ってここまで届くんです」と彼は言う。完成したら満月の日に訪れたいと思った。BGMは、絶対にドビュッシーの「月の光」だ。
 左手に山並が霞んでいた。「あれは小豆島」と教えてくれた。去年、短期留学したサレント半島のオートラントからもアドリア海の彼方に霞んだ山並が見えた。そこはアルバニアだった。

 さぬき市のある香川県の東讃地方は、高松市より東に位置する。西の丸亀、観音寺に比べると目立たない地域だが、イタリアで言えばあまり見向きもされないサレント半島とよく似ている。

 そう言えば小豆島とサレントは、共にオリーブ産地ということも共通点だ。

 沖をファンネルマークを付けた貨物船が通り過ぎていった。神戸から外洋へ向かう船だろうか?

 アール・ヴィラはゴールデンウィークごろにオープンするそうだ。一棟貸しだというから、気のおけない仲間と食材を持ち込んでグラスを傾けると、至福の時を過ごせるだろう。漁港に出向いてゲタを調達してもいいかもしれない。
 その頃にはコロナ騒ぎが収束していることを願うばかりた。
         (元朝日新聞記者 中村正憲)

定年後、荒野をめざす

五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、22歳の春、旅に出た。パキスタン航空の格安チケットを手に入れ、カリマーのアタックザックひとつでアジア、ヨーロッパをさすらった。そして再び、旅心に囚われ、36年間勤めた新聞社を辞め、旅に出る。(中村 正憲)

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