まもなく、サッカーのヨーロッパ王者を決める「ユーロ2024」が、ドイツの各都市で始まる。4年前の覇者はイタリアだった。その立役者、背番号14のフェデリコ•キエーザ(ユベントス)は、90分間、汗をかき続ける全力プレーが持ち味だ。前回のユーロを見て、すぐさまファンになってしまった。
イタリアサッカーファンに人気のフェデリコだが、南イタリアを旅する中で、こちらのフェデリコも各所で愛されていた。
シチリアやプーリアを歩いていると、いたるところで中世の王様フェデリコ2世(フリードリヒ2世)の痕跡にぶつかった。アルキメデス生誕の地シラクーザのお城や、パンの町、アルタムラの大聖堂とか、そして今滞在しているナポリの王宮にも彼の像=冒頭の写真=が刻まれていた。
↑ フェデリコ2世が築いたシラクーザのマニアーチェ城。シチリア最後の防衛拠点だったと言われている。
プーリア州のバーリでアテンドしてくれた女性は、フェデリコ2世を「頭がよくて、7ヵ国語が話せて、イケメンで、アンチキリストだった」と絶賛した。彼はゲルマンとノルマンの血を引きながら、「プーリアの少年」と呼ばれた。
旅の途中、Kindleで「フリードリヒ2世」(藤澤房俊)という本を買って、シチリア王であり、神聖ローマ皇帝だったフェデリコ2世(1194-1250)のことを読みかじった。彼が、非常に合理的な精神の持ち主だったことを知る。
シチリア王国の官僚を育てるため、ナポリ大学を創設したのもそうだ。名前が、フリードリヒ二世ナポリ大学(Università degli Studi di Napoli Federico II)と、現在でも彼の名前が冠されている。最寄りの地下鉄駅も「ウニベルシター」だ。その近くの宿に10日間泊まった。周囲に学生たちがわんさかいた。世界最古の私立大学というから、歴史の厚みが違う。
フェデリコ2世は、法律の整備にも力を尽くした。偽薬を売って稼ぐ医者のたちの多さに、医師と薬剤師を分業させる仕組みを作ったともいう。800年前に、今に繋がる医薬分業のシステムを作ったというから優れた構想力の持ち主だ。
今、「アルデンテ」というナポリ駅のフードショップで、ミックス野菜を食べながら、この文章を書いている。そろそろ、ローマ行きのフレッチャロッサが出発する時間になったので、筆を置く。いや、スマホを閉じる。
さて、話が飛んでしまった。フェデリコ2世を2度破門したローマ法王庁のあるローマへ行く。ナポリからローマが意外と近いことにびっくりした。フレッチャロツサに乗って1時間10分で着いた。
旅のお供にKindleは重宝する。かさばらないし、荷物の軽量化に役立つ。汽車で読んでいたらあっという間にローマだった。
教皇グレゴリウス9世に、十字軍を出さないことを理由にフェデリコは破門されたとこまで読んだ。
(以下、本の抜粋)
破門中に十字軍を出したフリードリヒ二世は、戦いを交えることなく、平和的な方法で、エルサレムを奪還した。これまでいかなる十字軍も成し遂げられなかった成果をあげた。それは、イスラーム世界についての広範な学識を備えたフリードリヒ二世がアル・カーミルの個人的な信頼を得て、友好関係にあったことが大きい。
イスラームとトップと信頼関係を築いて、血を流さず、エルサレムをキリスト世界にとりもどした。1229年のことだった。それでもローマ法王は破門を解かなかったというから、皇帝と法王の確執は根深いものがある。なかなか、中世のヨーロッパ世界はわかりにくい。
Kindle版の本を読み進めながらもう少し、理解を深めたい。その点、かさばらない電子書籍は、旅の必携アイテムだと、確信しました。
愛されるもう一人のフェデリコ•キエーザが出場するユーロ2024は14日、ミュンヘンで開幕する。連覇を目指すイタリアは15日、アルバニアと初戦で対戦する。僕の旅の最終目標地はミュンヘンとなる。
定年後、荒野をめざす
五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、22歳の春、旅に出た。パキスタン航空の格安チケットを手に入れ、カリマーのアタックザックひとつでアジア、ヨーロッパをさすらった。そして再び、旅心に囚われ、36年間勤めた新聞社を辞め、旅に出る。(中村 正憲)
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