チーズが作られる現場を初めて見た。牛乳を原料とするモッツァレラチーズの工程は、あっけなく単純だ。
カザーロと呼ばれるチーズ職人、アンジェロさんの手さばきにのめり込んだ。これはアーティストだ。5月31日、イタリアのかかとに位置するプーリア州ロコロトンド近郊の小さな工場「サラティーノ」を訪ねた。
まず、ミルクを積んだトラックがやってくる。形状はタンクローリーだが、なんとも可愛らしい。事故を起こしても炎上の恐れはない。
トラックが横付けされると、専用のホースを伸ばして工場内のタンクにミルクがトプトプと注がれていく。3件の農家から運ばれてくるミルクは1日に約5000リットル。まず、蒸気でミルクを温めて36度にする。凝固剤を加えて固め、80度の熱湯を注ぐ。塩を加えて混ぜると、やがてゴムのように伸びる。
ここから、アンジェロさんの手さばきが始まる。くねくねによじったり、ハサミで切れ込みを入れたかと思うと、ネコや豚や象の造形が出来上がる。さながら、切り絵作家の体である。その素早い動作の訳を聞くと、「熱いので長く持てない」と笑った。感触でチーズの出来具合を判断するので、手袋は着けず、素手で扱う。
このモッツァレラを平たく伸ばして生クリームを包み込むとブッラータのチーズが出来上がる。工房の倉庫にはカチョカバッロがたくさんぶら下がっていた。こちらのチーズは製法工程で塩は加えない。後から塩水に10時間つけるのだという。
さて、お味は?
説明はしません。
プーリア州にはこうしたチーズ工場が村ごとにあるという。わが村のチーズに、それぞれの個性がある。ここで思い出すのは香川の讃岐うどんだ。わが町のうどん屋さんを、香川県民は自慢していた。食文化の原点とは、言ってみれば地産地消なのだと、イタリアに来ても思い知らされた。
定年後、荒野をめざす
五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、22歳の春、旅に出た。パキスタン航空の格安チケットを手に入れ、カリマーのアタックザックひとつでアジア、ヨーロッパをさすらった。そして再び、旅心に囚われ、36年間勤めた新聞社を辞め、旅に出る。(中村 正憲)
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